• 上田比呂志

仏と鬼は自分の中に存在し、拮抗を保っている。

更新日:2020年11月24日

仏と鬼は自分の中に存在し、拮抗を保っている。大いなる仏は時として鬼の形相を見せる。恐ろしいのは魔がさすと心が鬼に支配されてしまうことだ。


人生とはあっと言う間の夢のごときものかもしれない。ただ、心が眠ってしまうと本質は見られない。生きていたのかも分からなくなってしまう。


それを現実のものと認識させてくれるのが身近な人や家族の愛であり、誠を尽くすということ。 愛を持ち誠を尽くして生き抜くと肉体は滅びても誰かの中で生き続ける。それが生きてきた証となる。


劇中の煉獄杏寿郎(れんごく・きょうじゅろう)は母より「強く生まれたものが弱いものを守るのが責務」と教えられそれが彼の生きる軸となる。

皆を守る為鬼の誘惑に負けず誠を貫き戦い、こと切れる瞬間に亡くなった母親が出て来て、彼は母親に自分の生き方に間違えが無かったかと問います。

母親は「立派に出来ましたよ」と答えそれを聞きながら微笑みを浮かべ死んでいく。


揺るがない軸を持ち自分の誠を貫き生まれてきたお役目を全うすることが生きるということなのだということを気づかせてくれ、それを子供達の潜在意識の中に迄静かに落とし込んでくれる映画だった。いや、子供だけにあらず大人にまで。


私は全くの初見だか、何故こんなにも爆発的にヒットしているのか、伝えたいものは何なのか。ただそれを感じたかった。


この作品は間違いなく生きていく上で忘れてはならない本質のひとつに辿り着く為の入口を作っていた。それが論語であっても音楽であってもアニメであっても良い。そこに道かあれば辿り着ける。


この作品は観る方がどんな感受性を持って受け止めるかで全く違ったものへと変幻していく。


これからの時代は強くて優しくならないといけない。それには誠を尽くす事。


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